九星気学とは(気学の歴史)
 秦氏の渡来は、中東(メソポタミア)の地から失われた10支族について - YouTube参照)が、渡来しています。日本へ移住してきて日本での時代は飛鳥時代で物部氏の招請により、大阪の交野の地にたどり着いたものです。(秦の始皇帝とは無関係で、秦氏の起源は中東のメソポタミア文明からエジプトを経てイスラエルから、北イスラエルの十支族が東へ移住してきた民族です。中国の泰山の麓に一時期住んでいたことから、秦氏と名乗って居ました)。交野の地は物部氏の聖地に当たります。この地域は現在でも私部と言う名で残っています。この秦氏一族は織物文化にも精通し、機織りものは別名秦織物とも言われています。またこの種族は気学や天文学にも精通し、織姫伝説を我が国にもたらしています。当時、日本の人口は約400万人ほどですが、そこに19万人もの人が渡来しています。日本全国に有る織り姫伝説はこの地より広まったものです。秦氏は中国からの気学を参考としたものの、古来からの日本にある思想や風習(神殺など)、風土を取り入れ、日本独自の気学を作り上げています(中国の五行とは違った日本独自の五行です)。日本の織り姫伝説は気学その物であり、天空の北辰信仰(日本神話)と地上とを結ぶ思想その物です。

 物部氏がこの地に秦氏一族を招き入れたのは北辰信仰、気学思想が結びついた一族と言う意味合いが有ったのでしょう。織姫(ベガ) 天 - 世界樹として万物の創生樹(五行) 羽衣 - 牛飼い(アルタイル)とが有り、この天空の現象を地上に具現化した場所が交野の地であります。天の川と言う川は交野の地に現存しています。
また後に(平安時代)は物部氏の聖地である交野の地には桓武天皇の招請により、百済から百済王敬福が渡来しています。秦氏は日本の神殺をベースにして気学を例に、日本古来の思想を合体させ日本独自の気学を確立してきました。顔立ちが西洋人の風の者も居て鼻が高く、これにより天狗伝説も生まれてきました。よく中国文明4000年の歴史と言いますが、日本における古代文明は更に古く、16000年の歴史があります。(縄文時代は約1000年続きました)これは世界の6大文明よりも古いものです。織姫伝説も交野の地に有り、伝説も現存しています。妙見宮奥の院には織姫こと豊受毘売の命をお祀りしています。

 奈良時代の後半に疫病やが多発し、時の帝、桓武天皇は、一旦は長岡京に遷都をしようとしますが、二度の水害に遷都も中途挫折となって居ました。この時、秦氏一族は、時の大臣和気清麻呂に進言し、桓武天皇の命により、京都に平安京を建てられました。平安京の建立には気学、風水学が多大に使われ影響して居る事は今さら力説するまでも無い事です。

 また、平安時代で嵯峨天皇の時代には、弘法大師の祈祷により、秦氏一族の聖地である交野の地に七つの隕石が落ち、北辰信仰に拍車をかけています。隕石落下時に弘法大師は「三光清岩にして、正身の妙見」と叫ばれ、気学の中心の太極の神、北辰妙見菩薩(天之御中主之命)と呼ばれています。隕石落下により今も現存する妙見宮にて、弘法大師は宿曜経より高説され、気学に対して多大に影響を与えました。また、のちの陰陽道、気学にも影響を与えました。

 鎌倉時代、室町時代にも、武士の間で秘伝書として、風水、気学が使われ、日本の神殺や後に発生する剣術である陰流や一刀流にも多大な影響を与えて居ます。陰流は柳生新陰流になり一刀流は北辰一刀流になりました。鎌倉時代では、明智頼篤、明智国篤親子による、「気陽正全記」が発表されています。このころ鼻が高い人が秦氏には多く、のちに天狗伝説へと発展していきました。

 江戸時代には江戸城の建立や政治に気学が使われていたと言われています。天海僧正は武家の間に有った、気学を「歳時記学」と共に広く大衆に広めたと言われています。また江戸時代に中国からの再伝来(皇帝宅経、造営宅経)により気学に更に影響を与えて居ます。江戸時代(元禄時代)の風水師、気学師の、神谷古暦、松浦東鶏、松浦琴鶴らによりまとめあげられています(九星方艦学)。これにより庶民の間でも、広く普及し、旅をするのに行き先の方位が悪い時には「方向替え」と言う方法を盛んに使っていたことは広く知られています。

 近年に入り明治後期、園田真次郎氏により、今までの気学に改良を加え、バラバラに有った物を新しく「九星気学」としてまとめられ開設されました 。著書は全巻60数巻が有りこの時に初めて「九星気学」の名前が付けられています。
これらから見ても気学は2000年余りの歴史が有るものです。九星気学は、陰陽五行学が中国からの発祥ですが、秦氏以来日本の風土で変遷されまた古来の日本の思想(神殺)を入れた純然たる、日本の占術学問と言えるでしょう。

 気と言うものは、神仏的な物では無く(一部は北辰信仰に繋がって居ます)、自然界に漂う物理現象を利用したものです。気を磁気などと言う馬鹿なインチキ業者もいますが、全くのナンセンスで、気と言うものを全く解って居ないものです。気と言うものはあくまでも「気」で有ります。気を磁気とするのであれば、お水取りなどをする必要も無くなります。気と言うものは一定方向に動いているのではなく、混沌として流れて居ます。
ただし、気学と北斗七星、北振星、織姫星 、とは密接な関係にあり、一部神格化した部分もあります。

 祐気取取りは、自らの身体の気を自然界の気に戻してやる行為です。長い生活の間には、往々にして自然界の気と自らの気がずれてきてしまいます。ずれるとマイナスの気が多くなり、運気がどんどん悪くなってきます。
 良く「陰気、殺気、陽気、邪気」など人体でもよく言われていますが、これらは人の人体から発せられた気と言えるでしょう。人の身体に有る気と自然界の気がいつも一致して居れば良いのですが、往々にしてずれてしまいます。このことにより運気が低下したり、マイナスの気の状態になります。これをもう一度自然界の気の状態に戻そうとするのが、祐気取りなのです。戻すことにより運気はどんどん良くなり上昇していきます。よく漢字でも、元に戻す気と書いて「元気」と言う字をご存じと思いますが、この字はここから生まれたものです。
また人に対して「徳」を積むとこれも気が良くなっていきます。全ての良い気は良いことのために有ります。

 気学に使用する方位盤は二つあります。九星方位盤と家相方位盤です。家相方位盤は私どもでも、羅経盤の一部として使用して居ます。(羅経盤は家相方位他、別の用途でも使われます)
祐気取りなどの方位には、九星方位盤を使用します。九星方位盤以上に細分化して居る業者も居ますが、全く意味のない事です。気と言うものは単純では無く、細かく細分化するものでは有りません。
 方位は子、牛寅、卯、辰巳、午、未申、酉、戌亥の12方位に分けられます。自然界の気は混沌としており、一定では有りません。濃い気の所も有れば、薄い気の所も有ります。したがってこれ以上の細分化は意味が無いのです。実際の鑑定でもこれ以上の方位の鑑定はしません。

 我が国に置いても飛鳥時代から現在まで脈々と気学は引き継がれています。こうした文献にも書かれていますし、日本で起こった九星気学の祐気取りにも書かれていますが、祐気取り方位には行きも帰りも鑑定しなければなりません。(園田真次郎氏著書、気学新解、気学と幸運、気学大系による)
 言うまでも有りませんが、陰陽図は陰と陽とが真っ二つ分かれているわけでは有りません。ナメクジのように陰と陽とが絡み合っているわけです。

 祐気取りを成功させるのにもう一つだいしなものがあります。それは「徳」というものを常に人に対して積んでいるかに掛かっているかです。祐気取りは,気学の一つです。人との繋がりを重視します。つまり多くの人に対する「徳」を積んでいることが大事なことになります。この「徳」というものを無視しては祐気取り開運は失敗するでしょう。日頃から「徳」を多く積んでいる人ほど祐気取り開運は成功しているのです。テクニックにたよっったり自己中心的態度ではお水取り開運は失敗するでしょう。「徳」を減らしていくと、自身にやがてはとんでもないことが起こります。全ては良いことのために有ります。

<コラム>
鎌倉時代、明智家は気学の分野でも多大な影響を与えていますが。注目される点では、明智家の気学と天海僧正の気学が大変似ている点です。それは当時明智家の思想を受け継いだ文官として明智光秀が居ますが、この両者が何らかの形で接触または同一人物の可能性があります。接触するには山崎の合戦以後、坂本の寺でしか接触できず、山崎の合戦で死んだと言うのは疑問が残ります。当時の武将は出家すれば、相手方に惨殺されることもなく、許された風習があり、豊臣秀吉の正妻である、ねねの軍勢が坂本まで送り届けたと言う文献があります。天海僧正は光秀と接触したとされいるそれ以前の記述文献は有りません。江戸時代、春日の局と縁戚に有ることが解かっています
 陰陽図
織姫
九星方位盤  帰り方位が凶殺方位の場合は、方向替えをする必要が有ります。これは大変難しく、相談者のご住所と祐気取り場所が確定して居ないと割り出せません。(当然では有りますが、個人情報の秘密厳守は致しております)
 方向替えは古くは江戸時代初期ごろから盛んに行われていた手法です。

 気と言うものは、いまだに科学的には解明されていませんが、自然界に歴然と存在し、あらゆる生命体にも存在して居ます。これらの気を体系だてたものが、九星気学なのです。この気と言うものは陰陽図の中にもナメクジのような形で示されています。陰の中にも陽が有り、陽の中にも陰が有るとされています。
この気により人間の性格、行動などが規定されています。しかし、人は行動すればするほど自然界の気とズレが生じてしまいます。このズレにより運気を悪化させたりして居るのです。このズレを是正し自然界の気に同調させていく行為がお水取りに代表される祐気取り行為です。
よく、方式が違うサイトで、流派が違うと言う人が居ますが、九星気学に流派は有りません。
インチキ団体はいますが。ただ、これだけは誤解しないでください。祐気取りで運気を上げることは出来ますが全てがかなう魔法では有りません。
インチキ業者にご注意を
  昨今、お水取り開運が有名になってくると、それに伴いインチキ業者が雨後のタケノコのように溢れて居ます。インチキ業者は何ら気学の知識も持たず、また免じょ(法律的には免じょは要りませんが、ほとんどのプロの業者は免じょを持って開業して居ます)なども持って居ません。当然ですが鑑定は滅茶苦茶です。気学に対するもっともらしい理念、解説をしていますが、中身は他のサイトから盗用であったり、我流で自己の都合のよいように捻じ曲げたものがほとんどです。鑑定内容が当たらないならまだしも、平気で方位線の真上を紹介したり、もっともひどいのは五黄殺、暗剣殺、月破、歳破、土用などの凶殺方位へのお水取りを平然と紹介して居るサイトすら有ります。もっとも怖いのは日破殺、時破殺です。また、帰り方位の鑑定も必要です。あれも出来ます、これも出来ます。といろいろ言っている業者が居ますが、安易な誘いには乗らない方が良いでしょう。最も酷い業氏になると他のサイトを批判はするものの自らの鑑定によるものは発表していません。出来ないでいるのです。いくらそれらしい大手の業者名を言っても、鑑定していないのでは何にもなりません。
時間算定、方向替えなどの基準を設けていない業者は要注意です。昨今、お水取りがお金になるとなるや、我も、我もと何の知識もない業者があふれています。自らの都合の良いように、また相談者受けするように捻じ曲げたものを出しています。自然界の気と言うものは、人間の都合の良いように合してはくれません。幸運はそう簡単には得られません。相談者の側にもある意味、責任が有るものと思います。インチキ業者に安易に乗らないことをお勧めします。酷い物はこんなものが尾のます。祐気取りの日にお水を現地で貰い次の日から9日間に分けて飲むと言うのです。お水取りをしたその日に飲むのは、良いです。このために日程を合わせて時間も合わせてもらいます。しかし、次の日から9日間に分けて飲むと言うのです。これでは九星の日をこえてしまいます。その日は飲んでいますから次の8日間で良いわけです。インチキ業者の言うとおりしますと1日余分に成ります。余分な気は祐気取りの中での気と重なり気の乱れとなります。この業者は九星の意味を知っているのでしょうか。相談者の皆様におかれましては、ご自分でも暦を買われて、紹介方位が凶殺方位でないかを確認する必要が有るように思います。

  祐気取りの作用は強烈です。それだけに相談者は必死なのです。会社の先行き不安や、借金地獄などの相談者、そこまでで無くとも多くの相談者は藁おも掴む思いで、相談されてきております。間違った鑑定をすれば、相談者に対し、ひどい状態になります。当たるも八卦では済まされないことなのです。
私どもに再相談に来られる方がかなり増えています。
 お水取り開運は強烈です。それだけに間違った指導により、運気を低迷させることも有ります。インチキ業者の方に言いたいです。相談者が藁をも掴む思いで、相談されているものに、金儲け目的のインチキ鑑定をして、不幸に陥っておられることに対して、どう責任を取られるのですか?

100パーセントの結果とは言いませんが、間違えると可なり最悪結果になります。

 私どものHP内容も随分盗まれ転用されています。そこで内容の約四割を企業秘密にさせてもらいました。年間資料代もかなりの金額を超えていますし、全国の相談者の協力を得て鑑定検証実験も行っております。そうして出た研究成果を、インチキ業者に簡単に盗まれHPに掲載されたのでは、たまったものでは有りません。たとえ盗用されたものでも正しく掲載、正しく鑑定されれば良いのですが、間違った鑑定では私どもなどよりも、間違った鑑定で悲惨な目に合われた相談者が心配なのです。インチキ業者は儲けさえすれば何をしても良いうのでしょう。相談者が自殺してもです。責任は取れるものではありません

織姫
織姫(豊受毘売之命)
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